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ラルフ・ワルド・エマーソン(Ralph Waldo Emerson)の名言:人生が始まるや否や、そこに危険がある

ラルフ・ワルド・エマーソン(Ralph Waldo Emerson)の名言
人生が始まるや否や、そこに危険がある


ちょっとこわい名言ですね。
人生が始まるや否やと言う事は生まれたとき、
つまり私達は赤ちゃんの時に、
そこには危険があったと言う事になりますね。

とは言っても、これは当たり前のことかも知れません。
そして、その事をよく肝に銘じておくべきだと思います。

普段の生活ではそれほど危険に気を配る人も少ないと思いますが、
考えてみると私達の周りには危険がいっぱいです。
誰か他人による危険ならなくなることもあるかもしれないし、
そうなると願うのは当たり前かも知れませんが、
そうでない危険は自分で気を付けて、
自分で自分を守っていくしかありません。

常に危険を意識して生活していないと自分を守ることなんて出来ませんよね。
まして自分だけでなく家族や大切な人も危険から守ろうと思ったらなおさらです。

それでも私達は危険な人生を頑張って少しでも安全に生きて行かなければなりません。
そのためにはある程度臆病になることも必要なのではないでしょうか。

常に慎重に、時には臆病に。

そうして初めて危険を避けられるのではないかと思います。
そして、人生が始まるや否やそこに危険があり、
それは人生が終わるまで続きます。

私達が人生を生きて行くと言うことは、
いつも隣り合わせの危険から少しでも安全な道を探して歩くことなのかも知れませんね。
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ゴットホルト・エフライム・レッシング(Gotthold Ephraim Lessing)の名言:平等は愛の最も固い絆である

ゴットホルト・エフライム・レッシング(Gotthold Ephraim Lessing)の名言
平等は愛の最も固い絆である


愛の絆、この名言は重い言葉の連続ですね。
どちらも深い意味を持っています。

そして平等もとても大切なことですよね。
社会は平等を求めることが当たり前になっています。
特に女性は平等を好みます。
平等に扱ってもらえる事が
当然の権利だと思っている女性も多いのではないでしょうか。

同じ女性の立場から見ても、
平等に扱ってもらうためには
自分自身にもそれなりの行動や態度が求められるのではないか
と思うこともありますが。

特に職場の平等については、
国によって考え方が様々で、
日本人が当たり前と思っている考え方は
必ずしも国際社会で当たり前とは限らないようです。

日本では全員に全く同じ給料を支払うような状態を
平等と考える事が多いですが、
外国ではそうではないようです。

つまり仕事のできる人物が他の人よりも多くの報酬を得るのがフェア
という考え方をする国もたくさんあります。

全員が全く同じ能力を持っていることは有り得ないので、
その能力に基づいて相当の差がつく事こそ平等と言うことになります。

差がつかないのが平等と考える日本人と
差がつくことを平等と考える人、
真逆の考え方は、その国の文化やお国柄によるものかも知れません。

この名言、ドイツ人のゴットホルト・エフライム・レッシング
どのような意味で平等と愛の絆を結び付けたのでしょう。

やはり日本人の考え方とは違い、
お互いにそれぞれが、
それぞれの立場で愛し合ってこそ
愛の絆とお互いに平等といえるのではないでしょうか。
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ガイウス・ユリウス・カエサルの名言:賽は投げられた

ガイウス・ユリウス・カエサル(古典ラテン語:Gaius Julius Caesar)の名言
賽は投げられた(古典ラテン語:Alea jacta est、アーレア・ヤクタ・エストゥ)


賽は投げられた(古典ラテン語:Alea jacta est、アーレア・ヤクタ・エストゥ】
一般的な全文:
「ここを渡れば人間世界の悲惨、渡らなければわが破滅。
(兵士たちに振り返って)進もう! 神々の待つところへ! 
我々を侮辱した敵の待つところへ! 賽は投げられた!」

としても有名な名言ですが、
元々は古代ローマのガイウス・ユリウス・カエサル
軍を率いて南下している際、
北イタリアのルビコン川を渡ろうとした時に言った言葉の様です。

の一般的な意味は、
「運命の歯車は既に回ってしまった」と解釈されています。

要するに、
自分達の置かれている状況は既に結果を気にする段階ではなく、
もはや行動を起こす以外に方法はない、
と言う意味の言葉です。

私も時々自分自身に対してこの名言を使うことがあります。

例えば、
しなければならない仕事があるのにやらずにいる時。

やらなければならない事はわかっているし、
やらずには済ませられないことも分かっているのに
つい後回しにしようと思ってしまう事があります。

そんな時、
自分に「塞は投げられた」と言い聞かせています。

とにかく手を付けること、私はこれが大切だと思います。

始まってしまえば勢いがつくのですが、
その肝心な最初が難しいんです。

そんな時は今度からも「塞は投げられた」、
この名言を自分に投げ掛けていきたいと思います。

カエサルがこの言葉を使った時の状況とは
事態の深刻さがまったく違いますが、
私なりに運命の歯車が回りはじめたとき、
一歩踏み出すのが難しいとき、
自分の背中を押してあげる力になるんじゃないかと思います。
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ロマン・ロランの名言:ピラミッドは頂上から作られはしない

ロマン・ロラン(Romain Rolland)の名言
ピラミッドは頂上から作られはしない


大昔に作られた多くのピラミッド、
多少の痛みはあるものの未だにそのままの姿を残していると言うのはすごいことだと思います。

これだけ多くのピラミッドが
当時のままの姿を維持していられるのは
その構造や建築方法がよほど優れていたのだと思います。

私はピラミッドの建設がどのように行われていたのか
詳しく知っているわけではありませんが
ロマン・ロランの言う通り頂上から作られたピラミッドなんて
一つもないという事はまぎれもない事実ですよね。

もちろんロマン・ロラン名言が示しているのは
そんな当たり前の事ではありません。

物事は基本が大切、
何をするにも足元がしっかりしていなければいけない
と言う教訓です。

まずは土台を固めた後、
その上に次のステップを積み重ねていかないといけないのですが、
逆に私たちの社会は全て固い地盤の上に成り立っているとも言えます。

例えばピラミッドは全て基礎がしっかりとできていますが、
同時に基礎が出来ていない建造物は
現代までその姿を残す事ができなかったとも言えます。

つまりロマン・ロランの示すピラミッドの教訓、
実はまわりを見渡せばどんな物からも同じ事を学べるはずです。

どんなに大きな会社も
足元がしっかりしているからこそ繁栄することがどきたのですから
大きく成長した会社を見ればその基盤を感じ取ることができます。

偉大な人物を見ればその人の人生の基礎や
根本的な人柄を知ることができます。

そして私達もそれらを知る事によって
地に足をつけ次のステップを積み上げていく事ができるのではないか
と思います。
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イング「ヴィクトリア時代」の名言:文学は商売と芸術とが半々である時に最も栄える

イング「ヴィクトリア時代」の名言
文学は商売と芸術とが半々である時に最も栄える


この名言も独特の言い回しですね。

実際私は文学がどんな時に栄えるかなんて
今まで考えた事もありませんでした。

そもそも文学が栄えるというのは
どんな状態を言うのでしょう。

確かに文学は
流行ったり評価されたり
文学者がたくさん世に出たりすることがありますよね。
それが「文学が栄える」 と言う事なのでしょうか。

私の感覚では
文学という物は栄える物ではなく、
むしろ盛んになるものです。

栄えるという言葉は、
国が栄える、等の使い方をします。

国が栄えるのと同じように
文学が栄えるのだとすれば、
それはただ文学が世間にあふれているだけでなく、
その質や内容も大事になってくるのかも知れません。

単に活発なだけでなく栄える文学、
なんだか新鮮な響きです。

そしてイング名言は、
商売と芸術が半々になるときに文学が栄えると言っています。

確かに商売上手なだけでお金目的に文学を利用しても、
文学が栄えたとは言えないですよね。

逆に芸術だけにこだわっても、
やはり文学が栄える事はできないのかも知れません。

文学とはそれだけ奥の深いものなのですね。

私はいつもなんとなく文学を楽しんでいましたが、
今度からは文学を目の前にした時には
背筋を伸ばして真剣に取り組まなくてはいけないような気がします。
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ガイウス・ユリウス・カエサルの名言:ブルータス、お前もか

ガイウス・ユリウス・カエサル
(古典ラテン語:Gaius Julius Caesar)、
ウィリアム・シェイクスピア「ジュリアス・シーザー」の名言
ブルータス、お前もか(ラテン語:Et tu, Brute? エト・トゥ・ブルーテ?)


イギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare)の
有名すぎる名言ブルータス、お前もか」です。

ご存じの通り、この名言
悲劇「ジュリアス・シーザー」の中で
古代ローマの将軍ガイウス・ユリウス・カエサル
頼を寄せていたブルータスに対して放った台詞です。

この名言が登場する場面、
劇の中では名シーンなのでしょうけども
私はこのシーン自体はあまり好きではありません。

なんだか怖いというか、
私にとってはそういうシーンだったんです。

時代があまりにも違いますから状況をイメージしにくく
怖い印象だけが強く残ってしまったのかもしれません。

初めてこの話に出会ったのが
まだ若すぎたせいかもしれませんが
どちらにしても私の個人的な好みの問題で、
このシーンが
世界的にも高い評価を得ているシーンだということに
変わりはないのですが。

学生の頃、
このフレーズを得意げに使っている男の子がいました。

言葉遊びの一つですからそれ自体はよいのですが、
人間関係が崩れた時の状況を象徴する存在となってしまったこの名言
できれば出番がない世の中になればいいですね。

でも残念ながら
毎日いろんな所でいろんな人が
このセリフを言っているのではないでしょうか。

本当はこのセリフ、
劇の中でだけ使われるのが理想的だと思います。

人間関係って難しいですね。
私は人間関係があって社会が成り立つと思っているので
これからもいろんな人との信頼関係を
大切にしていこうと思います。

ブルータス、お前もか
私の周りではこのセリフを聞くことがないことを祈りつつ。

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