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ラルフ・ワルド・エマーソン(Ralph Waldo Emerson)の名言:愛らしさのない美はえさのない釣り針である

ラルフ・ワルド・エマーソンRalph Waldo Emerson)の名言
愛らしさのない美はえさのない釣り針である

この名言は愛らしさがどんなに大切な事かを教えてくれています。

えさのない釣り針をいくら海の中に沈めても
魚を釣ることはできません。
たくさんの魚が泳いでいても
餌がついていない釣り針では見向きもしてもらえないでしょう。

私達人間は魚を釣り上げるための釣り針に
意識が向いてしまいがちですが
魚にとって興味があるのは釣り針ではなく
正に餌そのものです。

餌があってこそ
その釣り針は意味を持つのであって、
そこに餌がなければ海に沈めた釣り針には何の意味もありません。

釣り針の例え話なら当たり前の話ですが
実際の生活の中ではそこまで明確に感じ取ることはできないかも知れません。

しかしラルフ・ワルド・エマーソン名言の通り、
私達にとってとても身近な問題である美についても
釣り針と同じ事がいえると思います。

ラルフ・ワルド・エマーソンは愛らしさのない美しさを
餌の付いていない釣り針に例えています。
もちろん愛らしさも必要ですが
本当の美しさには他にも大切な事がたくさんあると思います。

それは優しさであったり上品さであったり。
例えば女性の美しさは、
この様な要素が全体的に調和した時に成り立つものではないかと思います。

そして完全な美しさを追求していく事よりも、
それに伴う愛らしさや女性らしさを身につけて行くことのほうが
むしろ大切なのではないかと思います。
そしてそれは結局
美しさを手に入れるための近道になるのではないでしょうか。

私はとても美しいとは言えませんが、
美しさを追求していく気持ちだけは持ち続けようと思っています。
優しさや上品さ、そしてなにより愛らしさを忘れないように、
本当の美しさに少しでも近付ければと思います。
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tag : ラルフ・ワルド・エマーソンの名言 愛らしさのない美はえさのない釣り針である ラルフ・ワルド・エマーソン エマーソン Ralph Waldo Emerson 名言 愛らしさ えさのない釣り針

マルティン・ルター(Martin Luther)の名言:医者は我らの主なる神の修繕工なり

マルティン・ルターMartin Luther)の名言
医者は我らの主なる神の修繕工なり

どうしても避けられない病気やケガをすることもありますが、
私達はいつも自己管理の甘さから体調を崩したり
不注意で本来ならばしなくても済むケガをしたりしてしまいます。
そのたびに病院に行ってお医者さんのお世話になるわけですが
マルティン・ルターによると
私達は修繕工に修理してもらっているということになるんですね。

マルティン・ルター名言が意味するところとは違いと思いますが
なるべく医者にはかかりたくないものです。
もちろん具合が悪い時に病院に行かずに我慢するという意味ではなく、
ならなくて済む病気で医者にかからないように
普段の自己管理を徹底したいです。

そして同じ様に、つまらないケガをしないように
注意深く行動しなければならないと思います。
健康な時は健康でいる事の大切さに気付きにくいと言いますが
健康な時にこそ自己管理が重要です。
だからこそ
今のありがたい健康を維持していけるように心がけたいと思います。
自分で自分の体を傷つけて修理工に直してもらわなくても済むように。

少し気を付けて生活するだけで
修理工のお世話になる機会も減らせるのではないでしょうか。
世間では医者が不足していると聞きますが、
もしかしたら必要以上に患者が多すぎるのかも知れませんね。
医療を本当に必要としている人たちが
いつでも十分な治療を受けられる為にも、
自分の体を大切にしたいと思います。
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日本のことわざ:少年老い易く学成り難し(しょうねんおいやすくがくなりがたし)

日本のことわざ
少年老い易く学成り難ししょうねんおいやすくがくなりがたし
出典:朱熹朱子)の漢詩「偶成

私が初めてこのに出会ったのは中学生の頃でした。
国語の時間に、きっと教科書に出てきたのだと思います。

今となっては、
それがどんな話の中で出てきたのか
すっかり忘れてしまいましたが、
このだけはよく覚えています。

先生がこのを読み上げている光景も
鮮明に思い出せるほどです。

その当時の私には
時間の大切さや時の流れが
いかに早いかを教えてくれたこの
よほど印象的だったのだと思います。

私はその頃から既に月日が経つのが早すぎると感じていました。
自分が過ごしてきた時間を振り返るたび、
いかに中身の薄い毎日を繰り返しているかを
いつも後悔していました。

だからこそ私にはこのが強く印象に残ったのだと思います。
でもこのの意味を本当に理解していたわけでない事は
今になって気付かされています。

やはり年齢を重ねた分、
時間の大切さが身に染みたのではないでしょうか。

そして、きっとこれからも
更に思い知らされていくのだと思います。

本当は、いつか今の自分を振り返ったとき、
充実した時間を過ごしてきたと
自分自身で納得することができれば理想的なんですが。

そのためにも今日1日の過ごし方、毎日の過ごし方を変えていきたいです。
今を大切に、一瞬一瞬を大切に生きて行かなければいけないと改めて感じています。
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